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考える葦で在り続ける

  • 執筆者の写真: TOMOKO TAKESHITA
    TOMOKO TAKESHITA
  • 7月24日
  • 読了時間: 5分

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一枚の鱗から魚を描く

テクノロジーの進化は、時として魔法のような体験を私たちにもたらしてくれます。先日、GoogleのAI「Gemini」に搭載された、写真から動画を生成する機能を試してみたとき、私はまさにそんな魔法に触れたような気持ちになりました。


興味本位で、我が家で暮らす二匹の姉妹猫の、きょとんとした顔つきで映る写真をたった1枚だけアップロードし、こんなプロンプトを入力してみました。


「この2匹の猫が、かわいい人間の姉妹に変身して、ブランコで遊んでいる様子の動画を作ってください。背景は穏やかな公園で、木漏れ日が差しているイメージで。」


するとどうでしょう。ものの数十秒で、7秒ほどの短い動画が生成されたのです。そこに映し出されていたのは、先ほどまで写真の中にいたはずの愛猫たちが、愛らしい人間の姉妹の姿になり、キャッキャと声を上げて楽しそうに微笑み合いながらブランコを漕いでいる姿でした。そのあまりの愛くるしさに、飼い主である私や家族も、「きゃーっ!かわいい」と歓声を上げたのは言うまでもありません。



叶えられた願いと、人間ならではの「意思」


我が家の猫たちは、いつも「ニャー」「ニャー」と鳴いています。猫にあまり興味のない方からすれば、それはすべて同じ「要求」や「挨拶」に聞こえるかもしれません。しかし、毎日を共に過ごす私たち家族には、その鳴き声が様々な言葉に聞こえてきます。


「あぁ、お腹が空いたのね」「今日はご機嫌だね!」「もしかして、つまらないの?」「たくさん遊んで疲れたんだね」。科学的な根拠はない、勝手な解釈かもしれません。それでも、私たちはその鳴き声に感情を読み取り、意味を当てはめ、コミュニケーションを取っている(つもりになってい)ます。


そんな日常があるからこそ、AIが生成した動画は、私たちの心を強く打ちました。普段から「この子たちがもし人間の姉妹だったら、どんなに楽しいだろう」「言葉が通じたら、もっとたくさんの場所に一緒に連れて行ってあげられるのに」「車は危ないんだよって、ちゃんと教えてあげて、安心してドライブに行けるのに」。そんな、叶うはずのない“もしも”を、私たちはしばしば口にしていました。


AIは、その私たちの願いを、いとも容易く映像として具現化してくれたのです。もちろん、これがAIによる作り物であることは百も承知です。それでも、その映像がもたらす圧倒的な癒し効果と幸福感を、私は認めざるを得ませんでした。


そして、ふと思ったのです。この「猫を人間にしてみたい」と願う心、この“もしも”を想像する力こそが、人間であることの証なのではないか、と。フランスの哲学者パスカルは人間を「考える葦」と表現しましたが、このどうしようもない空想を抱き、それを「こうであったらいいな」と具体的に願うことこそ、人が成せることだと感じました。


AIと人間の違い ―「自主性」と「主体性」


AIの登場により、私たちの仕事や生活は劇的に変化しています。それに伴い、「これから人間に求められる役割とは何だろう?」と考える機会が格段に増えました。AIではなく、人間にしかできないこととは、一体何なのでしょうか。


そのヒントは、「自主性」と「主体性」という二つの言葉の違いにあるように思います。辞書を引くと、それぞれこう説明されています。

  • 自主性:当然なすべきことを、自分から進んでやろうとする様子。

  • 主体性:自分自身の意思や判断に基づいて行動を決定する様子。

一見似ていますが、両者には明確な違いがあります。「自主性」は、やるべきことが決まっている前提で、それを言われる前に自ら進んで行う能力です。一方、「主体性」には、行動の根幹となる「自分自身の意思や判断」が含まれています。何をすべきか、なぜそれをすべきか、という目的意識そのものを生み出す力です。


これは、まさに現在のAIと人間の関係性を象徴しているように思えます。AIは、与えられた指示に対して、極めて高いレベルで忠実に、そして効率的にアウトプットを出してくれます。まさに「自主性」の塊です。私が「こんな動画を作って」と指示すれば、その意図を汲み取り、自律的に素晴らしい動画を完成させてくれました。


しかし、AIは(今のところ)自ら「猫の動画を人間の姉妹に変えたら、飼い主は喜ぶだろう」という「意思」を持つことはありません。そこには、私の「こうだったら良いのに」という個人的で、ある意味で非合理的な願い、つまり「主体性」が存在していました。


AI時代だからこそのコミュニケーション


そう考えると、これからの時代、私たち人間に求められるのは、自らの「主体性」をこれまで以上に意識し、磨き続けることではないでしょうか。AIという強力なパートナーを得た今、私たちは「何をしたいのか」「何を成し遂げたいのか」「世界をどう変えていきたいのか」という、根源的な問いを自らに投げかけ、その意思を紡ぎ続けることが重要になります。


そして、その意思を豊かに育むために不可欠なのが、やはり「人との対話」なのだと思います。AIとの対話は、知識を整理し、思考を深める上で非常に有効なツールです。しかし、そこには予定調和を超えた発見は生まれにくいかもしれません。


人間同士の対話には、論理だけでは説明できない感情の機微や、思いがけない視点の提示、共感や反発といった「揺らぎ」があります。他者の主体性に触れることで、自分の主体性は磨かれ、新たな問いが生まれる。その繰り返しの中で、私たちは個人としても、社会としても成長していくのではないでしょうか。

 
 

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