AIコロニー
- TOMOKO TAKESHITA

- 1 日前
- 読了時間: 3分

とあるクラシックコンサートに行きました。
恥ずかしながら、素人聴衆代表の私のいつものパターンと言えば、
冒頭のパートは夢うつつで、メインディッシュの曲は五感をフル活用して楽しんで、
欲張りだからアンコールを期待して手が痛くなるほど拍手して、
満足して帰路に就くといったところです。
が、今回は違いました。
誘われたイベントだったので、曲目も詳しくは調べずに行ったのですが、選曲がすごいのなんの。
冒頭から、オケの重層的な音色に一歩も引けを取らないピアニストの圧巻の演奏に、
目を丸くしたのもつかの間、最後の交響曲には度肝を抜かれました。
第一楽章は、それぞれの楽器が自己主張しているような雰囲気で、
まるでおもちゃ箱をひっくり返したような、不協和音満載のまどろませない調べ。
ピッコロの耳をつんざく音に眠気なんて生じようもない。
と思ったら、それに続く第2楽章は、なんとも不気味な緊張感が漂う音色。
みんなしょぼくれて、下を向いて歩いているような場面が浮かぶ。
いや、待てよ。これは、作曲家が第1楽章を自由にやりすぎたと反省しているのか?
と思ったら、次はゴジラ映画の音響さながら、
(聞いたことないけど)恐竜の叫び声を彷彿とさせるチューバのパンチの効いた音で、
私の脳内には荒れ狂う地球外生命体(主にゴジラ)と瓦礫のシーンが浮かんでくる始末。
最後は、指揮者がこれでもかっと言わんばかり、つま先立ちして身体を揺らしながら、
タクトを振って、団員みんなが必死の形相で楽器と格闘しているようにすら見える。
曲調はと言えば、明るくなったと思えば、暗くなっての繰り越し。
心がざわざわしている作曲家そのものを表現しているのではないかと。勝手に思った。
なんとも予定調和と程遠い、カオスを感じるものだった。
団員さんも、曲が進むにつれて若返っているような。
全身全霊で演奏する姿に、もうどうにも止まらない。
迫力、やる気、パワー、、、そういった言葉がぴったりくる。
いつの間にか、演奏を聴きながら、演奏者の目つき、顔つき、息遣いをも想像して、
自分の呼吸が浅くなっていることに気付いた。
まるで、自分が演奏しているみたいな、手に汗握る時間だった。
リアルってすごい。演奏を聴きながら、最終的には団員さんの
好きなことに向かってひたむきに努力を続けている人生までも、勝手ながら想像してしまった。
いやー、舞台を見終えたような気持にさせられました。
今後、発展目覚ましいAIの何某かの技術で、
今回の経験と同じように私の手に汗が出てくる演奏って聴けるのだろうか?
中国では、一人っ子政策のそのまた子供たちの教育をAIが一手に担っているという。
(「中国、国産AIで猛進 学校は「大実験場」」『日本経済新聞』電子版、2026/2/26)https://www.nikkei.com/telling/DGXZTS00020690V20C26A2000000/
汗をかかないAIマザーは、どうやって高鳴る鼓動やはやる気持ちを伝えるのだろう?
人間がAIにスケジュール管理されて優秀になって、またAIをバージョンアップさせるのか、どっちがオーナーかもうわからないな。
ふと、女王バチや女王アリを思い出す。どちらの女王も、単独では生きられず、
働きバチ&アリたちの献身的な世話があって初めてコロニーが成立する絶対的不可欠な存在だ。
ほう、あっという間に、替えが効くのは人間の方になってしまったのだな。と思い至った。
AIにスケジュールを管理され、完璧な正解だけを教え込まれる人間。
その先には、絶対的存在としてのAIが支配するコロニーが拡大をし続ける未来。
AIの言うことを聞かなかった人間はどうなるのだろう。
完璧に調和された世界ほど、退屈なものはないと思うのだけれど・・・
帰り道、ぼんやりそんなことを考えた印象に残るコンサートでした。



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