top of page

国産LLMについての考察

  • 執筆者の写真: HIROKAWA YOSHITSUGU
    HIROKAWA YOSHITSUGU
  • 5月5日
  • 読了時間: 6分

2026年3月にデジタル庁からガバメントAIで試用する国内大規模言語モデル(LLM)の公募結果というリリースがありました。



ガバメントAIつまり国主導で国産AIに勢いをつけていこうという取り組みです。

結果7社が選定されました。


・株式会社NTTデータ「tsuzumi 2」

・カスタマークラウド株式会社「CC Gov-LLM」

・KDDI株式会社・株式会社ELYZA共同応募体「Llama-3.1-ELYZA-JP-70B」

・ソフトバンク株式会社「Sarashina2 mini」

・日本電気株式会社「cotomi v3」

・富士通株式会社「Takane 32B」

・株式会社Preferred Networks「PLaMo 2.0 Prime」


通信、大手SIer中心ですが、これから1年半くらいで行政の業務に利用できるように実装を進めていきます。その中で良いパフォーマンスを出したサービスについては行政も一緒に売り出しますよという流れになります。


———

(1)政府における安全・安心な国産AIの利用推進

(2)行政現場からのフィードバックによる国産AIの性能向上

(3)政府調達を通じた国産AIに対する安定的な需要創出を実現します。


これにより、国産AIの育成・強化を推進し、関連分野の民間投資を喚起しつつ、AIに関する日本の自律性確保を実現します。

———


さて、このニュースを読んだ際に純粋に国産LLMは海外勢と比して選ばれるのか、その理由は何か、勝ち筋はあるのか?という疑問が頭を駆け巡りましたので、こちらのコラムにその考察を展開したいと思います。


圧倒的な資本投下(GPU投資、データ規模、研究人材)とAIに対する世界観により海外特にアメリカと中国のAIの進化速度に追いつくのは難しいと思われます。2026年においては当該文章で記載のある行政内のAIチャットどころかAIの趨勢はフィジカルAIや世界モデルの領域に至っています。果たして「国産LLM」という市場は構築可能でしょうか。


①国産AIは何が強いの?勝ち目は?


おそらくここはシンプルにセキュリティなのだろうと考えます。選定理由にも機密性2情報 について記載されています。確かに海外のAIサービスの利用においては情報がどこまで抜かれているのかは本来的には検証しようがありません。特に行政業務においては国産だから安心というのはアピール材料になります。また、AIのパフォーマンスでは中々勝ち目はないので戦う場所も重要です。行政、医療、介護、金融、法務、製造、自治体の「業務」の中で安心して使えるというのが方向性なのだと思います。データを外に出しづらく、日本語文書・制度・慣習・業務フローへの適合が重要という論点では海外勢の参入は確かに難しい。


②バッドシナリオは?


ガラパゴス化が気になるところです。政府主導で需要が立ち上がると、セキュリティ要件、日本語・制度適合、国内運用が強くなる。結果として「世界最強ではないが国内では最適」なものが採用される。これは裏を返すと海外勢を押し返すだけの強さがないと国産LLM自体の産業自体が危うくなるリスクがあると考えてしまいます。過去のi-modeを想起します。日本のガラケーの上に乗っていたポータルやコンテンツは1mmも残りませんでした。


その流れで次に起こりえそうなシナリオはSIerが顧客の需要に従い海外勢の下請けになることは想像できてしまいます。デジタル小作人状態です。進化を続ける海外勢のサービスを使わないと競争力が保てないという事業会社の理屈は避けれません。それが上記の「安心して使える」だけでは国産LLMを利用するインセンティブは無いでしょう。SIerはクライアントのために動くので海外AIを頑張って調達、カスタマイズ、納品するというここ20年行われてきた動きの再現は容易に想像できます。


③バッドシナリオ回避策はあるのか?


おおかたガラパゴス化がイメージできてしまう中で回避策はあるのか。

あるとしたら2点。行政や国産LLM側というよりも国内事業会社が適材適所で海外LLMと国産LLMを使い分けることを武器とできるようになる世界線。AIはOSとは違い部分的に使い分けることが可能です。例えば私が行なっている医療AIの領域は現在はGeminiを全面的に利用していますが今後国産LLMの利用において安全性ということが大学病院などでアピールできる余地があるのであれば喜んで採用したいと思います。つまりもう一つはただのAIモデル利用ではなく「業務設計」に勝ち筋があると認識されること。


「使い分け」と「業務設計」どちらも重なる部分はありますが、国産LLMが海外勢を駆逐するという話ではなく棲み分けをイメージすることと、その棲み分けを業務プロダクトとして昇華させる国内の事業会社が出てくると回避できそうな気もします。


国産LLMの盛り上げ方の悪手は海外勢との対立軸を作ってしまうことなので、重要プレイヤーとしての利用する企業、AIベースのプロダクトを作る事業会社を巻き込んだイベントにしていくことが大切なのだという個人的帰結になりました。


ただ「国産」が勝つ未来について考えましたが決定打がまだありません。PageTurnもAIサービスは構想の中に入れていますので引き続きウォッチしていきたいと思います。


———


一般的な考察は以上ですが、さらに考えるべきポイントがあるのではないかと思います。


そもそもAIは機能性や安全性だけの話ではないはずです。それはあくまでも部分的要素。手塚修氏の「火の鳥」の「未来編」で描かれたような地球(地底)に各大陸を拠点に7つのマザーが存在し、お互いを牽制し合っているという状態は参考になる気がします。現在アメリカと中国が優勢な状況ですがヨーロッパやアジア、アフリカが独自のAI(今回のような国産LLM)を使うという選択肢はないことないと思います。


どういうことかというとAIが人間のパートナーとなり場合によっては人の制御役になりかねない存在になっている中、バーチャルにアメリカAI人や中国AI人が仕事場や家庭や隣の席にいるということが起こっていると考えても良いかもしれません。AIの「国民性」というのがどこまでAIの重要なファクターになるか分かりませんが。ロマンはありそうです。


船戸与一氏の「砂のクロニクル」というクルド人青年たちを描いた小説に、主人公たちの立場によってグレゴリオ歴、ヒジュラ歴、ジャラリ歴が登場人物ごとにその暦で表記されます。同時代に違う時代を生きているという感覚。


時の刻み方により「現在」の感覚も世界の捉え方も変わってくるというのはイメージできるかもしれません。日本はグレゴリオ歴(太陽暦)を採用しましたが、元々は太陰暦(月の満ち欠け)をベースに世界観を構築していました。日本独自の暦もありました。日本のAIと言った時に「日本人AI」というのをデジタル庁が要件に入れるのは面白かったかもしれません。(適当に書いています)


話が飛躍してきていますが、AIを捉える時に「人類とは」というテーマはよく聞きますが「国家/国民とは」という話はあまり聞きません。もしかすると今回の国産LLM(主権を持ったAI=ソブリンAIとも言います)を考える時にはここくらいまでイメージを膨らましてもいいかもしれないと考えます。


皆さんは「国産LLMの未来」どう捉えますでしょうか?

 
 
 

コメント


PageTurn 2025

bottom of page